建築学科ごっことは?

建築学科における卒業論文テーマの決め方 【卒論と卒制の大きな違い】 

大学における「研究」という言葉は、非常に重要な意味を持つ。

  • 3回生までの研究:自分の知らないことを調べる
  • 4回生からの研究:だれも知らないことを調べる

あなたが計画系・歴史系・構造系・環境系のどの研究室に所属するのであれ、この違いは必ず意識しておくこと。
4回生になっても論文を「自分の知らなかったことをまとめた文章」と混同している者も多い。

この記事では、建築学科における卒業論文のテーマ選びの注意点を述べる。

 結論

卒業論文のテーマ決定は、下記の手順で行われる。

  1. 研究室OBの卒論や教授が書いた論文を集める
  2. 集めた論文の参考文献や引用を確認する。(その論文の先行研究や関連研究を知悉する)。
  3. 集めた論文がどのような史料や実験に基づいているか確認する(それが自分にも入手再現できるのかを確認する)。
  4. 自分が手に入るデータや史料の範囲内で、かつ先行研究が存在しない分野を見つける。

これだけではさっぱりわからないという人のために、以下もう少し詳しく解説する。

1.卒業論文3つの壁

卒業論文を書くにあたって建築学科生がぶつかる3つの壁がある。

1.論文初挑戦

第一の壁は、「4年生の段階で論文にほとんど触れる機会がなかった」点である。

卒業制作の学生はこれまでの4年間の集大成として制作している。
言い換えれば卒業制作は、過去4年間の課題の延長線上にある技術と能力で取り組むことができる。

一方卒業論文は、これまでの取り組みと断絶した分野で成果を出さなければならないことも多い。
例えば建築学科では、4回生の夏まで論文を書くことはおろか読むことすら初めてという人のほうが多いだろう。
(これは他の理系学部ではまずありえない事態である)

これは卒業制作と比較したとき、卒業論文に取り組む学生が大きく不利な点である。

2.期間が短い

第二の壁は、執筆期間の短さである。

論文の執筆期間が一年未満というのはかなり短い。
すくなくとも専門知識も論文執筆経験も乏しい人間が初めて取り組むには短すぎる期間である。
短期間で先行研究を読み、基礎知識を蓄え、まだ解明されていない研究テーマを打ち出し、それを検証した上で、文章として書き上げなければならないのだ。

大抵の学生は、「論文というシステム」の大枠を理解するのに半年以上かかるため、締め切り直前になってようやく「自分のテーマや調査方法がいかに未熟なものか」という点を自覚できるケースがおおい。

3.入手できるデータが限られている

第三の問題として、「一次資料へのアクセス手段」の乏しさである。

論文には必ず根拠が必要である。
そしてその根拠は一次資料に拠らなければならない。
歴史系なら公文書や文書、計画系なら実測やヒアリング、構造・環境系なら実験がおもな論文の土台となる。

ところが、特定の人脈を駆使してしか手に入らない史料、高価な機材が必要な実験など、学生の研究は学生であるがゆえの障害も多い。*1

決kが学生は、学生ごときでも閲覧・入手できるデータを駆使してまだ誰も発見していない事実を探さなければならないというジレンマに陥る。
この矛盾を乗り越える必要がある点が、「卒業論文」という営為を困難なものにする最大の要因であろう。

卒業論文での苦しみの多くは、上記3点のいずれか(もしくは全て)に起因する。

「だから卒業制作のほうが簡単だ!」という気はまったくないし、
「だから卒業論文のほうが苦しいんだ!」と主張する意思も毛頭ない。

ただ、「卒業制作より卒業論文のほうが、調べて書くだけだから簡単だろう」などと甘い考えを持つと、痛い目を見るということである。

2.勉強したいこと、研究したいこと

記事冒頭でも述べたが、
学生が掲げる卒論のテーマは「研究したいこと」と「勉強したいこと」を混同したものが多い。

例えばコンパクトシティをテーマに掲げたとする。
この時、コンパクトシティを題材とした専門書を何百冊読んだところで、それは研究ではなく勉強(自分の知らなかったことを知る)である。

むろん、「勉強」は推奨されるべき行為だ。
先行研究を読むことは論文を書く上で欠かすことのできないステップであることは疑いようもない。
しかし、読んでいる対象が一次資料でない時点で、それはだれかの研究成果を吸収しているだけであり、いわば研究というマラソンのスタートラインにたつ準備運動みたいなものであることは理解しておかなければならない。

なぜ「研究」と「勉強」を分けて考える必要があるのだろうか?
それは、「勉強」にはあなたの熱意や興味関心の度合いが重要であるが、
「研究」のテーマを決める上では、 だれも興味関心を持っていなかった分野にこそ金脈が眠っているからである。

 

前述の通り、卒業論文の執筆は、

  • 短期間で
  • だれもがアクセスできる資料で
  • だれも研究していない分野を調べる

という問題がある。

この時、「町家再生」だの「コンパクトシティ」だの「コルビジュエ」だのといった人気テーマを取り上げてしまうと、研究は極めて困難になる。
既往研究が多すぎて、「勉強」するだけでも一年以上かかってしまう上に、「誰かがとっくに調査済みのテーマ」か、「本当にどうでもいい枝葉末節のテーマ」しか、掘り下げるところがないからだ。
(そうして研究の袋小路に迷い込む学生を、教授たちは何年も見てきているのである)

どうしても勉強したいテーマがあるならば、卒業研究とは無関係に、独学で勉強・研究するのが無難である。
卒業研究では、無難な題材で進めつつ研究の手法・スキル・ノウハウを学び、それをあなたのやりたいテーマに応用して、卒業してからの自主研究に活用したほうが効率的だ
学生の語る「学びたいテーマ」など、その殆どが「研究」ではなく「勉強」で十分なのだから。

一見すると、後ろ向きで非積極的な考え方に見えるかもしれない。

こんな消去法的なテーマの決め方で調査を進めても楽しくないし、意味がないのでは無いのだろうか?と思う人も多いと思う。
 しかし、その分野にどれほど興味関心があったところで、成果が出せる見通しの立たない研究より辛いものはない

事実、「勉強したいテーマ」を研究テーマにしてしまい、苦しんでいる学生は非常に多い。
これは非常に重要な点であるが、題材事態は地味でマイナーなものだとしても、着実な成果を挙げられる研究のほうがずっと楽しい

また、教育上の観点から見た場合、卒業論文に求められるのは研究内容の社会的意義や発見の重要性ではなく、物事を研究する手法や考え方を身につけることだ。
この意味においても、研究のしやすさから逆算的に研究テーマを決めたとしても、それで研究の仕方が身につくのであれば十分意義のある一年となるだろう。

卒業論文の評価は
「あなたがやりたいことをどれくらいできたか?」
ではなく
「あなたが研究者としての技能や視点を身につけられたか?」
という視点によって行われるのだから。

3.とにかく論文を読む!

では、どうやって研究テーマを決めるべきなのか?
一口に言えば、研究テーマは「あなたがどんなデータを入手できるか?」によって大きく変わってくる。

例えば構造・設備系のゼミであれば、大学にある特殊な実験装置や測定器具で研究すれば、初めての研究でもそれなりに新規性のある研究を行うことができる。
あるいは大学図書館に有名建築家の原図や原稿が大量にあるのであれば、それを用いて研究できるすれば比較的容易にオリジナリティが出せるだろう。
都市計画系・歴史系のゼミならば、その地域の行政や地主といったステークホルダーと大学教授の人脈が、研究対象の洗濯に大きな影響力を及ぼすはずである。

論文には「根拠」が必要である以上、その「根拠」をいかに入手できるかがボトルネックとなるのである。

そこで重要となるのはあなたの研究室の教授や先輩の論文である。
なぜなら彼らが入手できる史料や行った実験は、あなたにも再現可能なものであることが多い。
教授や先輩の研究を補足・延長・再解釈する形での調査を行えば、かなり手軽に意味のある研究テーマを設定することも可能となるだろう。

よって論文のテーマが決まっていない人は、まずは教授に頼み込んで、先輩たちがどのようなデータから論文を書いたのかを聞くのが最善手となる。

むろん論文を書く上では、先輩達の論文に限らず「大量の論文を読む」ことは避けられない。
論文を多量に読めば万事解決というわけではないが、最低でも研究分野に関する論文30報程度(この数字は筆者の直感で書いた。根拠は全くない)には目を通しておかないと、基本的なリテラシーすら身につかないだろう。

論文は基本的にネット上に無料で大量に公開されている。

詳しくは以下の記事に。

www.gakka-gokko.com

論文を読む時は、

 ・論文の結論

を理解するのは当然として

 ・どのような資料・実験・調査を根拠としているか?

 にも注目して読む。

そして、その資料・実験・調査は自分でも再現可能かどうかを整理する。
そうすれば、研究者が「どのような根拠を元にどのような結論を出したのか」という思考方法をなぞることができる。

結論:研究テーマを決める方法

以上をまとめると、下記のような形となる。

  1. 関心のある分野の先行研究を、まんべんなく読む。特に研究室の教員・先輩が書いたものは優先的に読み込む。(4月~)
  2. ↑を参考に、先行研究が、どのような根拠をもとに研究を進め裏付けているのかを把握する。(6月~)
  3. ↑を参考に、自分でも確保可能な一次資料(史料・実験データ・調査など)を理解し、そのなかでまだ研究されていない領域を見つける(8月~)
  4. テーマを決定し、調査・分析をすすめる(10月〜)
  5. 論文を書く(12月~)

以上が卒論のテーマを決定する、大まかな方法である(カッコ内の時期は、提出を2月頃と仮定した進捗の目安。とうぜん大学やゼミにもよるので、教員や先輩に確認すること)。

関連書籍

建築系学生のための卒業論文の書き方

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

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www.gakka-gokko.com

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www.gakka-gokko.com

*1:例えば近代における遊廓建築をテーマとした論文を書きたいと望んでも、花街に関する史料は量に乏しく、かつ関係者が公開を拒否するケースも多い。

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