上記記事に関する質問が溜まったので、記事の形でまとめておきたいと思います。
Q:図面模写とはなんですか?
手本となる図面を見ながら、それを別の紙に何度も書き写すことです。
小学校で漢字を学ぶ際、お手本となる字を見ながら、自分の練習帳に字を書き写した経験があると思いますが、それの図面バージョンです。
Q:なぜ図面模写をするのですか?
漢字の例と同じで、模範となる図面を記憶・体得し、自分の設計に活かすためです。
Q:どんな効果がありますか?
- 建築製図の基本的なリテラシーや作法を学ぶ事ができる。
- 設計のベンチマークとなるような、模範的な図面を短時間で作成する実力を身につけることができる。
- プランの違和感に敏感になり、建築計画的におかしな寸法や配置・動線計画を回避することができる。
- 図面を描く速度が上がる。
などの効果が挙げられます。
そのため、建築を学び始めた1回生~2回生の学生から、院試・就職試験・資格試験で課せられる即日設計対策に有効です。
ものすごく端的に言えば、建築学科としての基礎体力向上です。
Q:二級建築士・一級建築士の二次試験対策になりますか?
筆者は建築士試験対策の専門家ではないので断言はできませんが、効果はあると思います。
資格試験の即日設計などに求められる、「作家性はないが減点箇所もない、模範的な設計を限られた時間内に行う」という特殊な能力を磨くのに最適なトレーニングだと考えています。
二次試験のエスキスに時間がかかる、という悩みを抱えているのであれば、一度挑戦して見る価値はあると思います。
Q:トレスと模写はどう違うのですか?
トレスとは、すでにある線を上からなぞることです。
手本となる図面の上に、トレーシングペーパーのような薄い紙を載せて上から線をなぞり書きして、同じ図面を複製することです。
一方模写は、手本を参考にしながら別の紙にその内容を書き写すことです。
元の線に重ねながら描くのではなく、いわゆる目コピで複製する行為のため、トレスよりも負担は大きいです。(その分トレーニングになります)
両者を混同して使っている人も多いですが、少なくとも筆者は上記の使い分けをしています。
Q:どんな図面を模写すればいいんでしょうか?
任意の図面を模写すればいいと思います。
あなたが建築学科生で、憧れの建築家がいるのであれば、その人の図面を書籍や雑誌などから探して、それを模写すればいいと思います。
ただ、資格試験や入試など、明確な模範解答図面がある場合は、その図面を模写するのが最適だと思います。
特に目標がない場合は、とりあえず建築士試験対策の回答例を模写することをおすすめしています。
Q:学校の課題で名作住宅(吉村順三の軽井沢の山荘など)の模写をしました。それではダメですか?
筆者も一回生の後期には、吉村順三の軽井沢の山荘を、A1ケント紙に模写する課題を行いました。
1/30スケールの断面詳細図や1/50の平面図模写を、T定規、三角定規、シャーペン、ロットリングペン等を使い、一ヶ月かけて模写する課題でした。(模型も作りました。)
こうした課題は、図面に馴染みのない学生にじっくり図面を観察させるために重要な課題だったのだと思います。
しかしこうした図面模写は、一枚の図面をじっくり仕上げるような、量より質を重視したものです。
一方でこれとは真逆の、質より量を重視した図面模写も重要であるというのが筆者の主張です。
それぞれのトレーニングは、鍛えられる設計能力が異なるだけであり、どちらが上でどちらがダメというような優劣の問題ではありません。
ここでは、課題で出された模写に加え、自主トレとしての模写を推奨しています。
Q:質より量とはどういうことですか?
一枚の図面を丁寧にゆっくり模写するのではなく、すばやく何度も何度も繰り返し模写することを意味しています。
同じ図面を何度も何度も書き写すことで、最終的にはその図面を見なくても空で描けるようまで、すなわち図面を体得するまで模写することを目標としています。
この模写を数種類の図面で繰り返すことで、頭の中に基本的な図面のストックを蓄えることがポイントです。
そのため、図面の縮尺は小さく、製図もシャーペンでフリーハンド、紙もA4くらい、模写時間は30分程度と、手軽に模写することを推奨しています。
Q:図面を暗記することに本当に意味があるのでしょうか?
例えば建築学科の講義の一環に、自分の身体の長さや身の回りの家具・造作の寸法を暗記しておくというものがあります。
図面模写と、それによる図面の脳内蓄積は、その延長にあるトレーニングとも言えます。
何も見ないで書ける図面の枚数こそ、建築学科の基礎力だというのが筆者の主張です。
たとえばトイレや駐車場、階段周りは、設計者の独創性よりも機能性が重視される箇所です。
こうした範囲は、下手に0から納まりを考える能力より、過去に書いた図面を参照しつつすばやく描ける能力が求められます。
そして、建築は人が使うものである以上大なり小なり
この時、脳内に豊富な図面情報が蓄積されている人とそうでない人では、発想される設計プランの質にもスピードにも圧倒的な差が生じてきます。
Q:資料を見ないで図面を描くなんて非常識では?
あくまでトレーニングとして、資料に頼らず描写できる領域を増やしましょう、修行の一環として、図面に対する感覚を研ぎ澄ませましょう、という話です。
実務の上でも資料を放棄せよ、という意味ではありません。
実際、なんの資料もなしに設計している人はこの世にほとんどいないと思います。
むしろプロフェッショナルほど、図面の細部に対してまで気を配流でしょう。
しかし、しかしそれは、彼らの脳内に過去の図面の蓄積が足りないから調べているのではありません。
むしろ膨大な寸法に対する経験と知識とそれに基づく感覚を有するが故に、ほんの小さな寸法の違いに気を配れるのです。
プロの翻訳家が「常人よりはるかに多くの単語を知っていながら、それ以上に何度も辞書を引くこと」は矛盾ではありません。
プロの漫画家が、「何も見ないでもあらゆるものを描ける訓練を積み、それでも大量の取材や資料収集が欠かせないこと」もまた、矛盾ではありません。
建築学科生にとってのそれが、図面であるのだという話です。
Q:図面を暗記しても、いつか忘れてしまうから、意味がないのでは無いですか?
確かに、一度図面を暗記して何も見ないで描けるようになったとしても、1週間も経てば記憶はおぼろげになりますし、一ヶ月もすればほぼ完全に忘れていまします。
しかし、図面を忘却したとしても、その図面の感覚はなんとなく・無意識レベルで貴方の記憶に残ります。
そのため、学生の設計に見られるような、初心者臭い動線計画や洗礼されていない平面計画、上手く言えないけどどこか違和感の残るプランニングを、排除することができるようになります。
また図面模写を経験すると、基本的な図面を読み取る能力が底上げされます。
そのため、いろんな建築図面を見た時に、図面を見る視点が分析的になり、より客観的にその図面を考察できるようになります。
Q:即日設計以外にも役立ちますか?
例えば2ヶ月の設計課題だとしても、最初のエスキスに提出する案というのは、即日設計みたいなものです。
つまり、即日設計のちからを身につけるということは、設計課題の最初のスタートダッシュを快調に切る意味があります。
もちろん図面模写は、根本的な設計力の向上も見込めるため、最終提出の設計の品質にも陰ながら良い影響を与えるでしょう。
Q:図面模写を始めたいのですが、具体的に図面を模写する方法を教えてください。
- ペン入れは必要か?シャーペンでもいいのか?
- 制限時間はどれくらいか?
- 何枚書けばいいのか?
- スケールはどれくらいか?1/200でもいいのか?
- 定規を使った模写でないと意味がないのか?フリーハンドではダメか?CADを使ってもいいのか?方眼紙を使ってもいいのか?
この辺は正直なんでもいいです。
たとえば、エスキスにあたって各部屋のレイアウトが思いつかなくて困っている、という人がいたとします。
この場合、「レイアウトが浮かばないという」症状に対して、定規で描くかフリーハンドで描くかは重要な問題ではありませんよね。
模写の仕方よりも、図面を模写するにあたって何を学びたいか、何を吸収したいかを明確にし、それを吸収するために何度も図面を繰り返し模写することのほうが切要です。
定規を前に気合を高めてみっちり模写に挑みたいという人もいれば、
スキマ時間にカフェで気軽に模写をしたいという人もいるでしょうし、
一日中PCと向き合っているので模写もCADでやりたいという人もいるかも知れません。
もはやその人のモチベーションや自己診断や適正の問題になってきますので、細かい模写の方法論に固執するよりも、あなたのやりやすい模写を採用すればいいと思います。
ただ、院試や資格試験のように、最終的な目標となる試験がある場合、その試験条件に近いシチュエーションでのトレーニングが好ましいでしょう。
Q:おすすめの関連書籍はありますか?
資格試験対策のエスキストレーニング書籍は、模範図面が大量に掲載されている上に、それらの解説がついています。
特に模写したい図面がない人は買ってみるといいと思います。
もっと大きな図面で、実際に存在する建築の図面が欲しい!という方は、名作住宅建築の図面がまとめられた書籍などがおススメです。
新建築とかに掲載されている特殊な形状・プランの図面は再現性や普遍性に乏しく、丸暗記しても学部生にとってはその効果に即効性がないからです。
ただ、上にも書きましたが、「この作家が好き」「この図面が美しい」と思う図面があれば、それを描けばいいと思います。
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