建築模型を独学しようとすると図面が手に入らないという大きな壁にぶち当たります。
書店で販売されている模型入門書やネット上の解説サイトは、カッターの使い方や糊の使い方は懇切丁寧に解説しています。
しかし、肝心の建築図面が入手できないため、建築学科に入学する前の高校生や入学したての新入生が、少し背伸びをして独学で模型作りの練習をしようと試みてもいきなり暗礁に乗り上げます。
もちろん、有名な建築家が設計した住宅建築の図面をまとめた書籍というものも存在します。
廉価で、アマゾンでも入手が容易な書籍もいくつも出版されています。
この記事で紹介している書籍には、模型作成に最低限必要な量の平面図・立面図・断面図が掲載されており、初心者の強い味方となるでしょう。
しかし、更に理想を言えば、
- 誰でも簡単に入手できること
- 模範的な設計図面であること
- 奇をてらった造形や複雑な構造がなく、普遍的な内容であること
- 平面図だけでなく、立面図や断面図もあること
- 低価格、若しくは無料で大量にダウンロードできること
これらの条件を満たす図面が理想の建築模型用図面と言えそうです。
そして、その全てをみたす模型図面が一つだけ存在します。
それは1級・2級建築士設計製図試験の解答例図面です。
二級建築士試験 試験問題等 建築技術教育普及センターホームページ
上記リンクのページ下部から過去三年分の製図試験がダウンロードできます。
というわけで、建築模型を練習したいけど図面が手に入らないとお嘆きの方は、上記リンクから過去問の模範解答をダウンロードすれば模型作りに必要な図面が手に入ります。
本記事の主題は以上でオシマイ。
以下蛇足的に、模型作りの練習について。
1級・2級建築士製図試験とその過去問
建築士は日本の国家資格の1つです。
設計・工事監理できる建築物の規模や構造に合わせて一級建築士、二級建築士などに別れています。
そしてその資格を得るための試験には短い時間で指示された条件を満たす建築を設計し図面に描く実技試験が存在します。
そして、公益財団法人建築技術教育普及センターは、試験の透明性を図るとともに、建築士を志す者に対して過去三年分の試験内容や模範解答をネット上で公開しています。
二級建築士試験 試験問題等 建築技術教育普及センターホームページ
しかし、これら図面は建築士試験の受験対策のみに役立つだけでは無いはずです。
奇をてらった独創的な建築ではないが、堅実で模範的で、構造的にも計画的にも複雑でない図面、それも平面図にとどまらず立面図や断面図など多様な図面が誰でも手に入るということは、建築学科生にとってもっと大きな意味があると思うのです。
建築士試験を受けるときになって始めて過去問をみるのではあまりにもったいない。
もっと多様で、発展的で、クリエイティブな使い方があると考えています。
その1つが、本記事で紹介する模型作りの教材としての使い方です。
目標は最小限の図面からでも模型にできること
とは言え、実は一級・二級建築士設計製図試験の模範解答も実は十分とはいえません。
限られた時間で設計し図面を描く製図試験では必要最小限の図面と情報しか表示されないからです。
しかし、建築学科で勉強していればわかってくるとおもいますが、模型を作るのに十分なだけの図面が確保できることは実は非常にまれです。
実在する建物の図面を入手することは、建築学科に入学後もやはり大変な作業です。(日本は諸外国と違って建築図面を保管・整理・研究する建築資料館が存在しないんですよね)
その建築を再現するのに必要な図面が全て手に入るなんてことは極めてまれなケースです。
また、自分で設計した建物も細かい部分の図面は書かないまま先に模型作りに入るケースもよく有ります。
模型作りって、みなさんが思っている以上に手探りで作っているものです。
なので、建築模型を作ることは迷いの連続です。
壁や床の厚みは何mmがいいのか、天井高はどのくらいなのか、窓の大きさはどのくらいか、建物の外観はどのような意匠なのか。
こういったことは平面図には現れないため、平面図しか入手できない場合には想像や経験で補うしかありません。
少なくとも、既存の建築を学術的に分析するために作る研究用の模型や、好きで好きでたまらない建築を成功に再現した趣味の模型ならともかく、一建築学科生が模型作りを練習する際において大切なのは、最小限の図面から想像力と工夫で模型を作り上げることです。
言い換えれば、模型作りでわからないところが出てきたら、想像して勝手に補っちゃってもいいというラフさが模型作りには必要ということです。
天井高や窓の位置なんて、多少ずれても建築として成立していれば問題ないんです。
模型作りの正解と模型練習
僕が、建築士製図試験の過去問が模型作りに最適だと考えているのは、このラフさと正確さのバランスが取りやすいからです。
例えばミース・ファン・デル・ローエのファンズワース邸や吉村順三の軽井沢の山荘などは、比較的図面が入手しやすい実在する建築で、多くの大学や専門学校でも製図や模型の練習テーマとして採用されています。
(上記模型の図面はこちらの書籍を参考にしました。)
この時、壁の厚みや天井高には実在の建築という正解が存在することになり、より正確な寸法や角度の正しい模型を作ることが高評価につながります。
より詳細な図面を入手しそれに則った模型がいい模型であり、まして想像力を発揮し窓の位置を変えたり外壁の仕上げを変えることは大きな減点対象となります。
こうしたより正確な模型を作ることもそれはそれで大きな勉強になるのですが、これを続けると、正確でない模型は作る意味がないという考えが無意識のうちに刷り込まれることになります。
そして、前述の通り正確な図面を十分量入手できる機会なんて極めてまれですから、畢竟自分の設計した建築の模型ばかり作ることとなり、他人の設計した建物を、模型づくりを通じて学び吸収する機会がドンドン減っていくことになります。
例えば、東孝光設計の塔の家という有名な建築が有ります。
都会に建つ狭小住宅の先駆けとして建築史的にも大きく評価されている住宅で、不整形で狭い土地でも快適に暮らすために、階段や吹き抜けが立体的・複雑に絡み合う魅力的な建築です。
で、この建築は平面図や写真で見るより模型にしたほうがより理解できそうだと踏んだかつての僕は、塔の家を模型化しようと、立面図や断面図を必死に探したんです。
しかし、探せども探せども見つかるのは平面図ばかり。
これでは天井高や窓の位置がわからず模型は作れません。
結局憧れの塔の家は模型として造られること無く計画は頓挫してしまいました。
しかし、今、冷静に考えると別に天井高なんて適当で良かったんですよね。
だって、天井高なんて2,300mm前後ですし、僕が塔の家に惚れた理由は天井高では無かった以上それが2,000mmだろうが3,000mmだろうがそんなものは誤差の範囲だったはずです。
もちろん天井高が1m変われば見た目の印象は相当変わりますし、設計において天井高をミリ単位で設計しているであろう東孝光の工夫をどうでもいいといっているわけではありません。
ただ、自分の勉強用の模型について、断面図が手に入らないということは模型による勉強を放棄する理由にはなりえないという話です。
図面と模型作りにまつわる陥穽
というか、ここからちょっと話を広げて、想定読者を新入生から建築学科生全般に拡張した話になるのですが、そもそも学校の課題から離れた、自主的な建築の勉強のために模型を作る人ってどのくらいいるのでしょう?
これは過去に様々な記事で触れている内容なのですが、建築学科では模型を作る機会が課題とコンペに限定されすぎている傾向があります。
少なくとも僕は、建築家志望や建築系デザイナー志望の同回生から「なんで課題でもないのに模型作ってるの?」と聞かれたことが度々有りました。
勉強のために模型を作るという発想が全くない彼らに対して、むしろ「なんでクリエイター志望なのに自主制作をしないの?」とこっちが聞きたいくらいです。
建築学科生の自主的な勉強といえば旅行とか読書とか講演会といったインプット作業が中心的です。
設計課題に乗り気じゃない学生はもちろん、所謂意識高い系の設計ゼミの学生でさえ自主トレーニングのために図面や模型を作る意識が極めて希薄なのは、冷静に考えてみると結構異常だと思うのです。*1
そしてその模型意識の一因が、先程述べた模型には正解が有り、精巧にして正確な模型を作るに足る十分な図面が手に入らなければ、名作住宅の模型は作れないという思い込みに在るのではないでしょうか?
で、話を1級・2級建築士の製図問題に戻すと、これらの模範解答には実在の建築もなければ、立面図や断面図も最小限しかありません。
これは模型作りにおいて最低限の寸法が用意されている一方、オリジナルのアレンジや工夫の余地が残されているという実に絶妙なバランスだと思うんです。
例えばこの画像は二級建築士平成26年度製図試験の「介護が必要な親と同居する専用住宅」を模型化したものです。
実際の図面と見比べてもらえると分かるのですが、この建築屋根は上の模型のようなフラットな平らな屋根でなく、勾配の付いた斜め屋根の家として設計されています。
ただ、斜め屋根の建築って模型にすると作るのがめんどくさいので、平らな屋根にして全部同じ高さの壁の家として作ったものです。
これは言ってしまえば僕が怠惰なだけかもしれませんが、自分のモチベーションや学習目的に合わせて模型作りの密度を調整できるという意味でもあります。
よりシンプルに作ることも
より素早く作ることも
より精巧に作ることも
より時間をかけて作ることも
かなりの部分を自分の裁量に任せて負荷を調節しながら制作できるのです。
こちらは平成27年の「3階に住宅のある貸店舗(乳幼児用雑貨店)」の模型化です。
外観や間取りを勝手に変えています。
今にして思えば改善というよりは改悪といったほうが適切な設計変更ですが。
今度は製図試験の過去問ではなく、中山繁信著「美しく暮らす住宅デザイン○と☓」に掲載されていた住宅例の模型化です。
こちらに至っては、もはや平面図すら掲載されていませんでしたが、大体の寸法を予想し自分で図面を引いて模型化したものです。
言うなれば建築の目コピでしょうか。
三回生の夏休みに作成したもので、図面を引いてから写真を撮るまで合わせても5時間程度、基礎トレーニングとして作っていました。
模型作りの練習とか、住宅建築への理解を深めるための模型作りと言うよりは、課題を超えた自主制作への無意識のリミッターを外すために簡単な模型をいくつも作りまくっていた時期でした。
その他、箱庭模型と呼んでいる内装に特化した建築模型も作りました。
これに至っては図面の必要すら無く、黙々と家具模型を作り、背景程度の空間を建て、写真に収めていました。
要するに、僕が入学した当時の建築模型へのイメージというのは極めて狭義の建築模型であり、実際には実在する建築を丁寧に再現するものからその場の思いつきでスケッチ感覚で作る模型まで多種多様な模型製作のあり方があるわけです。
最初の頃は無意識のうちに模型づくりには十分な量の図面が必要という心のブレーキがかかっていますが、単純で小さな模型をいくつも作る練習を重ねていくうちに模型作りはドンドン肩の力の抜けた日常的な行為に近づいてきます。
それは、1㎡に迫るような大型模型を作ることや、高価で特殊な素材を使った存在感のある模型をつくる事に負けず劣らず重要で、あなたの血となり肉となるトレーニングとなるはずです。
まとめ
「課題が始まる前に模型を作ってみたい!建築を勉強したい!」
という自発性を持って建築学科に入学した学生も、いつしか課題に忙殺されてしまい、作りたいから作るという創作の一番根源的な部分が失われてしまうものです。
本記事の目的は「課題のための模型作り」を超えた「自分のための模型作り」へ建築学科生の意識を拡張する方法を考察することです。
そしてそれには「図面を基にした正確な模型」だけでなく「図面を使わないフリーダムな模型」まで視野を広げることが何よりの手段なのではないでしょうか?
一級・二級建築士製図試験の模範解答は、その両者の用途に供する包容力のある設計です。
ぜひ、模型製作を通じて建築を学ぶ習慣を身に着けてください。
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*1:僕の通っていた学校や学年や周囲が自主制作に消極的なだけでしょうか?でも、他校のポートフォリオをみていても、建築学科生向けの書籍を読んでいても、ブログを漁っても、学校の課題とコンペが主流ですよね?