数年間の建築学科生活を通じて、入学当初よりは幾分マシなプレゼンテーションが出来るようになったと思う。
かつてのプレゼンに悩み苦しんだ自分に宛てるつもりで「自分のプレゼンテーションに足りなかったもの」をここに書き記す。
願わくば、同様の問題に直面するあなたの助力にならんことを。
建築学科のプレゼンテーションにトーク力は不要です。
例えばこの世の中で最もトーク力に長けたプレゼンターは、プレゼンマニアやエンターテイナーをのぞけば詐欺師や悪徳セールスマンです。
彼らは自らの商品が抱える欠陥を補う手段として自らの弁論に磨きをかけるため、並大抵のビジネスマンでは太刀打ち出来ない説得力の有るプレゼンテーションを構築できます。
一方、自分が販売する商品や提案する企画の内容に自信のあるビジネスマンは、詭弁で相手を煙に巻く努力より、商品や企画の魅力を研究に労力と時間を費やします。
あなたが自分のプレゼンに何らかの不具合を感じている場合、まずトーク力などという曖昧な能力を磨いて聞き手をペテンに掛けよう、などと考えるべきではありません。
まず自身の設計を見つめなおすことを優先しましょう。
あなた自信が設計したからと言って、あなたが聴衆に伝えるべきポイントをすべて把握しているとは限りません。
相手に伝えなければならない要素を一つづつ拾い上げ整理することの大切さに比べれば、トーク力など大した問題ではありません。
畢竟、まずすべきことはやはりあなたの設計を通じて何を伝えたいのかというポイントの整理につきます。
そして、コンセプトを伝えるためにはどんなパースが、空間構成を伝えるためにはどんな図面とダイアグラムが、建築の雰囲気を伝えるためにはどんなパースや模型が必要か、と言った視点で提出物を作るべきなのです。
今にして考えると、かつての僕は提出要項が図面を提出しろと指示しているから、無目的に図面を書き、皆がダイアグラムを書いているから見よう見まねでダイアグラムを添え、単にかっこいいから、盲目的にプレゼンボードを作り上げただけです。
そんなガラクタばかり積み上げて、プレゼン前の数分でどんなに準備をしても、全く無意味でした。
模型を作る前に、図面を書く前に、パースを引く前に、まずはそれぞれの役割を考えることから始める必要があります。
それらが一体となって相手に情報を発信することで、初めてあなたの建築に対する主張が相手に伝わるのです。
ただし、
「プレゼンとは自らの主張を相手に伝えるものだ」という考え方もよくあるプレゼンテーションに纏わる誤解です。
誤解というより、理解が浅いと言うべきかもしれません。
確かにあなたの主張を伝えられないプレゼンテーションに価値はありません。
しかし、それ以前の大前提としてそもそも聞き手はあなたの主張に基本的に興味がないという悲しい事実をもっと重視する必要があります。
この世は様々な人の意見や主張が溢れています。
その全てに耳を傾け、咀嚼し、理解することは現実的ではありません。
だから多くの情報は読まれることも理解されることも、それどころか認知されることすら無く無視されていくのです。
あなたがどんなにわかりやすいよう情報を加工し最新の注意を払って解説しても、肝心の内容が相手にとって興味のないものである場合、聞いてもらえないのです。
あなたの建築がどれほど斬新な造形美に優れていようと、
あなたの建築がこれまでにない未知の構法を採用していようと、
あなたの建築が未だかつて人類が経験したことのない空間体験を与えようと、
あなたの建築が奥深くかつ幅広い知識に裏打ちされたものであろうと、
世間の大半はその魅力に気づく前にあなたの提案を素通りすることを、まずは骨の髄まで知る必要があります。
これまで教授陣があなたのプレゼンを聞いてくれていたのは、単にあなたの成績を評価する必要があるからであり、あなたの主張が興味深いからでは無いと思うべきでしょう。
無論、学生の持ち込む自由な発想、その全てに一つ一つ関心を示し、心の底から興味を持って接してくれる大人もいますが、そうした一部の性質を聴衆全員に拡張するのは危険です。
これは、あなたの提案を馬鹿にしているわけでも、世間の冷淡さを憂いているものでもありません。
ただ純然たる、プレゼンにおいて最も深刻にして残酷な事実ですから今一度胸に刻んでください。
世間は、あなたの主張にあなたが思っているほどの価値を見出していないのです。
あるたった一つの条件を満たしていないかぎり。
プレゼンテーションの本質は「私はあなたの抱える課題を解決出来る」と相手に伝えることです。
あなたの提案、企画、主張、製品が自分の持つ悩みを解消してくれると判断した場合のみ、聴衆はあなたの話に耳を傾けるのです。
逆説的に、あなたがこれまで注意を向けてきたものはすべて、あなたにメリットを提供できるとアピールすることに成功してきた主義主張なのです。
故に、課題のプレゼンテーションに立ち向かうあなたが行う最初の行動は、「自分の建築が誰にとっての救世主なのか」、「自分の設計がどのようにして悩める人々を救うのか」を徹底的に自問自答することです。
あなたの建築を認めさせるただ一つの条件は、その建築を認めることで相手が得られる具体的な利益をこの上なくわかりやすく提示すること以外にありません。
この大原則がわからなかった僕は、教えを請うべく、とある優秀な先輩のもとを訪れました。
その先輩は、同回生はもちろん、学年が一つ下の僕の耳にまでその名を知らしめるほどの名プレゼンテーターでした。
演劇系のサークルに属していた先輩のことですから、発声法や目線の配り方等を中心に、プレゼンテーションのノウハウを教えてくれることだろうと予想していました。
はたして先輩は、僕の予期とは裏腹に、プレゼンテーションの掟と称して、以下の3STEPを授けてくれたのです。
STEP1 「設計にあたっての目的は何か?」の解説。
STEP2 「目的達成のために、わたしはどんな設計をしたか?」の紹介。
STEP3 「なぜわたしの設計なら、目的を達成できるのか?」の証明。
この3つを軸にすることこそ、最も簡単にプレゼンを組み立てる方法だと言うのです。
あるいは、この流れに添えない設計の場合、プレゼンに値しない建築であるというのが、先輩の持論でした。
なぜこの3ステップが必要なのでしょう?
そのヒントは前述の聞き手はあなたの主張に全く興味がないという言葉にあります。
つまりあなたのプレゼンに意味を持たせるためにはまず聞いている人たちに「こいつの提案は聞く価値がありそうだぞ」という期待をもたせる仕掛けが必要なのです。
あとから分かったことではありますが、この考え方はけして目新しい斬新なメソッドではありません。
それどころか、この3STEPは、アリストテレスが唱えた『人を説得する五箇条』とほぼ同内容なのです。
- 聞き手の注意をひくストーリーやメッセージを提出する。
- 解決あるいは回答が必要な問題あるいは疑問を提出する。
- 提出した問題に対する回答を提出する。
- 提出した回答で得られるメリットを、具体的に記述する。
- 行動を呼びかける。
この場合、2,3,4がそれぞれSTEP1、STEP2、STEP3にあたります。
無論、1、5に当たる手順を付け加えたほうがより魅力的なプレゼンテーションになることでしょう。
これを見れば、図面や模型やパースを作るにあたって、どのSTEPに即した役割を持たせるか、体系的に考えることが出来ます。
大勢の人の前に立った瞬間、何から話せばいいかわからなくなるという恐るべき自体もかなりの確率で未然に防げるでしょう。
あるいは、質疑応答のさい、教授から来る焼夷弾の如く恐ろしかった批評や疑問も、ある程度予測しやすくなるというのもまた、この3STEPの利点です。
建築にはいくつもの取り組むべき命題があります。
ありふれた所で言うと以下の様なものがあげられます。
- 外部空間と内部空間の連続性を保ちつつ、快適な空間を作り上げるには?
- 急速に増加する空き家や老朽化するインフラ・公共建築をどう活用するか?
- その土地で暮らす意味・場所性はあるのだろうか?
- 地域の人達と建物の利用者が交流できるパブリックな空間をいかに実現するか?
幾多の学生や建築家が、こうした問いに答えを発信し続けてきました。
もう一度、これまでの自分の設計やプレゼンテーションを振り返って見てください。
あなたの設計は誰かの抱える課題の解決策になっていたでしょうか?
あなたのプレゼンは利用者の毎日の生活をどう変えるのかに焦点を当てていたでしょうか?
むろんこの記事のとおりに設計すれば必ずプレゼンが成功すると保証できるほど、万能な3STEPでもありません。
誰の悩みも解決していなくとも価値のあるプレゼンテーションも少数ながらこの世には確かに存在しています。
ただ、あなたが自分のプレゼンテーションに自身が持てないならば、ぜひ本記事を元に、あなたなりのプレゼンテーションの型を模索してください。
プレゼンテーションもまた、設計活動の重要な一部なのですから。
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