2012年にOculus Rift DK1が登場して以来、VR業界は驚異的な進化を見せています。
反面、VRと非常に相性がいいと思われる建築業界でのVRの普及は今ひとつです。
BIMやコンピュテーショナルデザインの他、極めて導入コストの高いデジタルファブリケーションさえ徐々に浸透し始めている昨今ですが、VR機材の導入には、建築教育初め、不動産・設計・施工・管理、いずれの分野においても遅れているのが現状です。
またこうした大学や企業といったマクロレベルの視点だけでなく、建築学生や各社員個人レベルでみても、VRに対してはなんとなく興味がある反面、
- VRでどんないいことが起きるのか?
- そもそも初心者は何から買えばいいのか?
- マスターするには、どのくらいお金と時間がかかりそうか?
ということが全くわからないため、最初の一歩を踏み出せないという人がほとんどだと思います。
どうやら建築業界のVRの裾野を少しでも広げるには、まずはVRをやったことの在る人の数が増え、VRの利用がもっと身近になる必要がありそうです。
この記事では、モデリング技術や空間データをすでに所有している建築業界人のうち、
「自分の設計した建築を、リアルに体験してみたい!」
「建築学科で学んだ知識を活かして、VR空間を設計してみたい」
という個人を対象に、そのためにはどのようなVRゴーグルやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)*1が必要なのかについて、解説していきたいと思います。
VRゴーグルの選び方
家庭用VRゴーグルは、大きく分けて3種類の機器が存在します。
- スマホと組み合わせるVRゴーグル
- PCと組み合わせるVRゴーグル
- 単独で使えるVRゴーグル(スタンドアロン型)
以下順に説明します。
スマホと組み合わせるVRゴーグル
とにかく最初は、シンプルにVRの魅力を動画やゲームで体験してみることにしましょう。
既存のコンテンツを楽しむだけなら、かなり費用を抑えた廉価なゴーグルでもVRを楽しめます。
「でもVRって、数万もするようなゴーグルが必要なんでしょ?」
いえいえ、実はいまあなたが使っているアンドロイドやiPhoneの端末をセットして、簡易的にVRを体験できるゴーグルというものが何種類も存在します。
例えば、セットするゴーグルの素材としてダンボールやシリコンを採用した、「ハコスコ」・「Google Cardboard」などは、1000円以下で手軽・安価にVRを体験する教材として有名です。
ハコスコ
価格:713円
解像度:使用端末による
公式サイト:ハコスコ
Google Cardboard
価格:1,299円
解像度:使用端末による
公式サイト:Google Cardboard
簡易的なVRとはいえ、なかなか侮れません。
スマホ本体を回転させると画面の向きが変わるように、スマホにはほぼ全てに傾きセンサーがついています。
そのため、スマホをゴーグルにセットして首をぐるぐる回すと、連動して視界も動きます。
そのため、このダンボールのゴーグルにスマホをセットして、You TubeやDMMやネットフリックスでVR対応の動画を見るだけで、かなり衝撃的だと思います。
その他スマホ型VRゴーグル
また、3,000円~10,000円程度を出せば、
- Bluetoothコントローラー
- イヤホン・ヘッドホン
- 視力・ベルト・鼻あてなどの微調整機能
などの充実した、もう少し高機能な機種が沢山出回っています。
注意点としては
- スマホのサイズや機種の対応をしっかり確認しておく
- 視力の低い人にも対応しているか(メガネ可・焦点距離調整可など)
- リモコンやイヤホンのBluetoothは対応しているか
特にiPhoneの方は要注意です。
というのも、iPhoneの場合マウス操作に対応する機能が存在しない仕様であるせいで、Bluetoothリモコンでは音量調節や一時停止など最低限の機能しかリモートで操作できません。
加えて、iPhoneにはイヤホンジャックが存在しません。
そのため、ヘッドホン付きVRゴーグルを購入してしまうと、むしろヘッドホン部分が邪魔でイヤホンができないなどの支障が出てきます。
そのためiPhoneの方は、
- リモコン操作は諦める
- ヘッドホンのついていないゴーグルを買う
の2点に留意してください。
で、この時点で記事の結論を申し上げますと、初めてVRを体験する人が買うべきVRとは、この1000円~3000円のVRゴーグルです。
ぶっちゃけVRは体験してみないと何も始まらないので、建築×VRの第一歩は、まずこのVRゴーグルでYou TubeやNetflixやFANZAのVR対応映像を見るところからです。
ただし、スマホによるVRゴーグルでは、
「建物モデルの中に入り込み360度見回す」
ことはできますが、
「建物モデルの中を自由に動き回る」
ことは難しいです。
(特にリモコンの効かないiPhoneユーザーは。)
そこで次に購入を検討するのが、PCと組み合わせて使うVRゴーグルです。
PC等と組み合わせるVRゴーグル
次に挙げられるのが、PC機器と接続しながら使うハイエンドなVR機器です。
ハイエンド機はゴーグル自体が高価な上に、高性能なPCが別途必要になるため、一般的に購入がためらわれる機種です。
しかし建築学生は、すでにAdobeソフトや3次元モデリングソフトに対応できるPCを所有しているはずなので、他の属性の人に比べてVRエンジニアリングへの参入障壁は低いと思います。
Oculus Rift S(オキュラス・リフト S)
価格:50,722円
解像度:1,280×1,440
公式サイト:Oculus Rift s
VR界の原点にして頂点、Oculus社の超有名HMD(ヘッドマウントディスプレイ)Oculus Riftの進化版です。
- スマホの画面を遥かに凌駕する圧倒的な視野角と画質
- コントロールギアによって実現する握る、切る、投げると言ったインタラクティブな体験、
- 手軽な設定で空間内を自由に動き回れる、インサイドアウト方式のトラッキング機能
という具合に、スマホVRでは味わえない魅力的な体験を提供してくれます。
このHMDに加えてUnityかUnreal Engine4(無料)などのゲームエンジンがあれば、あなたのモデリングした空間を視聴することができるようになります。
一応、購入の際はPCのスペックにだけは留意してください。
以下、公式サイトの示す、推奨PCスペックです
推奨スペック
- グラフィックカード
NVIDIA GTX 1060 / AMD Radeon RX 480以上- 代替可能なグラフィックカード
NVIDIA GTX 970 / AMD Radeon R9 290以上- CPU
Intel i5-4590 / AMD Ryzen 5 1500X以上- メモリ
8GB以上のRAM- ビデオ出力
DisplayPortTM 1.2 / miniDisplayPort (アダプター同梱)- USBポート
USB 3.0ポート1つ- OS
Windows 10
ライノセラスやARCHICADをぶん回している建築学生なら問題ないスペックだとは思いますが、グラフィックカードやビデオ出力は普段意識していないと思うので、念の為確認しておきましょう。
単独で使えるVRゴーグル
最後に、スタンドアロン型と呼ばれる、PCもスマホもいらないHMDについて紹介します。
このタイプは、VRゴーグルそのものにコンピューターも画面も内蔵されており、外部機器なしで利用できます。
(ただし購入時のセットアップのみスマホが必要なことが多い。)
初めに断らなければならないのですが、
「自分の設計した建築をVR体験したい」
という人には不向きな機種です。
というのも、この手の機種はPCと接続しない点が仇となり、PCで設計・開発したVR空間のデータを読み込ませる際の手間が余計に増えるからです。
追記:2019/10/17
松本技術設計の松本ちなつ様から、ツイッターにて下記のご指摘をいただきました。
この前発表されたOculus LinkでQuestをPC接続できるようになるらしいので、よかったらこちらも参考にしてください。https://t.co/3lq5ClXGaE
— 松本ちなつ (@matsumotobim) October 17, 2019
ご紹介いただいたリンクによれば、スタンドアロン型であるOculusQuestを、Oculus Rift sのように扱える新サービスがあるようです。
記事によれば、少なくとも鑑賞者視点ではOculus Rift sにちかい感覚で利用できるようですが、エンジニア目線でどの程度スムーズにデータをやり取りできるのかが、ちょっと僕レベルの知識と技術では判断できないですね。
ともあれ、情報提供ありがとうございました。
それを踏まえた上で、いまVRで最も熱い分野がこのスタンドアロン型のVRです。
当たり前ですが、VR人口のうち「自分で空間を設計して読み込ませたい」という人は稀で、大体の人は単にVRでゲームや動画を楽しみたいだけの人たちです。
「手軽に最高のVRを体験したい!」という人にとっては、このスタンドアロン型が最適でしょう。
有名なものとしては、「OculusGo」「OculusQuest」などが挙げられます。
Oculus Go(オキュラス・ゴー)
価格(32GB):23,800円
価格(64GB):29,800円
解像度:2,560×1,440
公式サイト:Oculus Go
Oculus Goは、空間内を移動できないなど若干不満があるものの、スタンドアロン型で2万円代という破格の価格設定で人気を集めている機種です。
解像度という点では上位機種である後述のOculusQuestよりも高画質なため、
「スマホVRじゃ満足できない!」
という人は、こちらの機種がおすすめです。
ただし、Oculu Goは3DoFと呼ばれる上下左右の首の動きしか感知できず、体全体を傾けたり部屋の中を歩き回るような移動には対応できていません。
その分開発コストが安いのか、対応しているアプリや動画のレパートリーはこちらのほうが豊富です。
OculusQuest(オキュラス・クエスト)
価格(64GB):49,800円
価格(128GB):62,800円
解像度:1,600×1,440
公式サイト:OculusQuest
2019年の夏に出たばかりの、Oculus社最新機種です。
Oculus Rift s同様、6DoFに対応しており、空間内をしゃがんだり飛んだり在るき回ることができます。
その他、ストレージの増量・有機ELの採用など、全体的にOculus Goの上位互換といった感じだと思います。
こちらは、もう少しVRに詳しくなってから、本格的にVRの世界に没頭したい!という人向けの機種となりそうです。
VRで建築空間を体験する方法
以上代表的なHMDとその違いについて解説してきました。
しかし、HMDを購入すれば、即、自分が設計した空間をVRで鑑賞することができるわけではありません。
詳しくは別記事にて書き直す予定ですが、VRで自分のモデリングした設計を体験する方法は、大きく2種類あります。
- VRにもモデリングソフトにも対応した既存アプリを使う
- ゲームエンジンを使い、モデルをビルド・プレイする
そのため、この項目では3DデータをVRで鑑賞するために必要な環境について解説します。
VRにもモデリングソフトにも対応した既存アプリを使う
例えばARCHICADの制作会社であるGRAPHISOFT社が提供している「BIMx」のように、スマホやタブレットの画面で3Dデータを閲覧するソフトの中には、VRに対応しているApplicationがいくつかあります。
▼「BIMx」について
つまりARCHICADとスマホをお持ちの方は、
- スマホ型VRゴーグルを購入
- BIMxをダウンロード
- 作ったモデルデータをBIMxにエクスポート
の3ステップで手軽にVR体験ができるということです。
また、AutoCADやRevitでおなじみAutodesk社も、VRなどに使える3Dインタラクティブコンテンツを簡単に作れるクラウドサービス「Revit Live(旧Autodesk LIVE)」を発売しています。
無償ソフトの「Autodesk LIVE Viewer」を使えば、HTC ViveとOculus Rift sと言ったHMDで手軽にVRが楽しめます。
ゲームエンジンを使い、モデルをビルド・プレイする
閲覧するだけなら上記の方法でもなんとかなるのですが、
「自分が使っているモデリングソフトではどうやってもVR対応アプリがない」
「自分が作った空間に人をまねいて、VRchatとか鬼ごっことかがしたい」
みたいになってくると、より本格的なVRエンジニアリングが必要になってきます。
コレをやるためには、
- モデルデータをUnityやUnreal Engine4といった「ゲームエンジン」にエクスポート
- ゲームエンジン上で機能を設定し、動的レンダリング
- 最後に、データを書き出し(ビルド)して、VRデバイスやスマートフォンでプレイ
という結構めんどくさい、本格的な手順が必要になってきます。
この辺の内容もいずれ別記事にて紹介することとします。
まとめ
価格
スマホ型VR(1万円以下)<Oculus Go(3万円以下)
<Oculus Rift s(5万円以下)<OculusQuest(7万円以下)
自由度
スマホ型VR(首の動きのみ)<Oculus Go(首の動きのみ)
<OculusQuest(全身)<Oculus Rift s(全身)
というわけで、建築業界の人におすすめなVR入門としては、
- まずは3000円位出してスマホ型のVRゴーグルで体験
- 本格的に開発するならOculus Rift sも購入し、自分の設計をビルド
というステップが現状おすすめかな、という感じです。
ちなみに、今回はOculus社のHMDばかりを紹介しましたが、もちろんHMDは
- PlayStation VR
- VIVE
- Galaxy GearVR
など多様な会社から多様な機種が発売されていますが、
- 入門におすすめなスマホVR
- 手軽に高品質な体験を楽しめるスタンドアロン型
- 開発に最適なPC連携型
とそれぞれのメリット・デメリットの見抜き方、選び方が見えてきたのではないでしょうか。
この分野は筆者もまだまだ勉強中の分野です。
実際にモデリングしたデータをVRで利用するには、他にもUnityやUnreal Engine4やC#やブループリントなど学ぶことは付きませんが、この記事が皆様のVRライフの第一歩となれば幸いです。
*1:「VRゴーグル」や「ヘッドマウントディスプレイ」という単語の定義は今なお曖昧ですが、ここではあまり区別せずに利用しています