コメント欄にて質問があったので、建築学科実習授業の定番、空間実測についてのまとめておく。
実測の目標
ここでは空間のスケール感を身につけるとともに、3次元空間と2次元表現を変換する感覚を身につける事を目的として想定する。
(構造調査や古民家の保存・改修調査は除外する。とはいえ、基本的な手順は似ている面も多いので参考になれば。)
用意するもの
コンベックス
2mのものでも十分だが、天井高や長い廊下を図るためにも5.5mを買ってもいい。
材質は金属製で1m以上伸ばしても折れない程度の強度がほしい。
両面・両辺に目盛りが振ってあるもので、ボタン一つで巻き取れ、同時にロック機能も備わっていると便利。
JISマークのあるものならば寸法も正確である。(間違っても100円ショップで済ませないこと!)
紙(方眼紙かスケッチブック)
高価なスケッチブックは建築学科のスケッチには向いていない。
繊細な色のにじみや厚塗りに耐えうる厚手の高級スケッチブックは画家には便利だが、建築学科生にとってはスケッチに失敗したくないというためらいや恐れを強めるばかりである。
安物でいいので、ガシガシ使い潰すこと。
なれないうちは5mm方眼が入ったメモ帳やクロッキーブックでいいが、イラストや図面に自信のある人は無地のスケッチブックで挑戦したい。
鉛筆
本来ならナイフで先端を削った鉛筆を硬さごとに複数本ずつ用意すべきなのかもしれないが、何度もいうように画家ではないのでシャーペンで十分。
また、消しゴムで消すことの出来ないボールペンやサインペン、万年筆でスケッチする人もいる。
“鉛筆に比べて摩擦が少なく勢いに任せてスムーズに描けるから派”と、“消すことが出来ないため一本一本の線への集中力が上がるから”派に別れる。
後で色をぬる場合、にじまない成分のペンで描くこと。
練り消し
自室やホテルの一室の測量なら消しゴムでも問題ないが、カフェや他人の家に上がり込んでの実測の場合、消しカスの出る普通の消しゴムはNG(ホテルもできればきれいに使いたい)。
デッサンなどに使われる練り消しならケシカスがでない上、広い範囲を一気に消すことも、細く尖らせて細かい部分を修正することも出来る。
ちぎって使うのが普通なので、封の出来る大小2つのケースが別途必要。
フリクションボールペン
いわゆる消せるボールペン。
鉛筆で書き込んだ図面の上に寸法を書き込むとき、一色だと読み取りにくい図面になってしまう。
消せるボールペンなら、計測ミスがわかったときも、書き込んだメモが汚くならずに済む。
外寸は赤、内寸は青のように、色によって意味を分けると便利なので、3色ほど在るものを選ぼう。
スマホ・タブレット
いちおう、インテリアデザイナー・建築家をターゲットとした実測用のアプリもたくさんあるが、正直まだまだ使いにくい。
ただ、iPhoneなどに標準で入っている測量アプリには、スマホの傾きを計測してくれる角度系機能も存在する。
平面のスケッチを行う時はあまり使いみちがないが、建物全体の立断面を測量する際は、これがないと屋根勾配がわからないので無いと不便。
また、実測は普通一回の測量で建物すべてのスケッチや採寸が終わるわけではない。
スケッチは現地でおこなって着色は自宅で仕上げるとか、実測した寸法を元に平面図を書く際に後から細かい部分を確認するとか行った形で、家に持ち帰る事がある。
なので、室内をなるべくくまなく写真撮影しておくと、実測調査後にスケッチしたり細かい図面を書く時に非常に便利である。
(言うまでもないが撮影の際は、実測する建物の所有者・管理者に許可を取ること。)
撮影は
- カメラマンや観光客のように、建物を普通に撮影
- 一つ一つの部屋ごとに、4方向を撮影
- 開口部周りの形状や軒裏の構造など、ディティールを撮影
の順番で撮影すると、建物全体をムラなく撮影できる。
あると便利なもの
着彩用画材(色鉛筆・コピック・透明水彩等)
実測中に汚す訳にはいかない空間での着彩なら色鉛筆。
やや高価で、若干の匂いもするが、豊富なカラーと着彩の手軽さが長所のコピック。
準備が大変で扱いも難しいが色のにじみや偶然性がスケッチに表情を与える水彩絵の具。
それぞれに長所と短所があるので、お好みの着彩方法を採用すればいい。
(ただし普通は着色は帰ってから落ち着いて行う。)
一眼レフカメラ
基本的にはスマホのカメラで十分。
カメラが好きという人や、親が一眼レフを持っているという人は、持ってきてもいいかもしれない。
(レンズは広角レンズ推奨。もしくは複数持ってくるか。)
ただ、ファインダー越しに除くことで見えてくるものもある。
カメラは単なる記憶媒体としてだけでなく観察用デバイスとしての役割もあるのだ。
レーザー測定器
高価な上に学習にならないので建築学科生には不向き。
10mを超える距離の測量や、仕事で大量の寸法を測る人でなければ学生が買う必要はない。
また、学生が空間を実測する目的の一つが「空間を身体的に理解すること」だったりするので、スイッチひとつで測定できる機器は目的にそぐわない。
既に持っている場合なら、持っていけば便利かも程度に考える。
実測が習慣化した時に購入を検討しても遅くはない。
実測の流れ
まずは測量する場所選び。
よく見るのは自宅・知人親戚の家、喫茶店やカフェ(チェーン店よりも個人経営のほうが多い気がする)ホテルの客室、町家等の古民家だろうか?
カフェやレストランでの実測の場合は必ずお店の人の許可を取ること。当然お客としてコーヒーの一杯も注文する。
店員や他のお客さんとのコミュニケーションもエスノグラフィーの一環である。
また、他人の家やホテルの場合も、汚したり傷つけたりしないように細心の注意を払うのは当然である。
消しカスやインク汚れ、メジャーの巻き戻しなどには気をつけること。
慣れないうちは、測定するのは初めて訪れる場所よりは、すぐにイメージできるほど行き慣れた店や自室が望ましい。
空間観察・仮図面の作成
空間に入っても、いきなりメジャーを取り出すのではなく、まずは部屋の観察から始める。
観察と言っても訓練を積んだ人間でも無い限り、ただ部屋を眺めるだけになってしまうので、目測とフリーハンドで図面を引いたり、柱や棚など細部のスケッチをしたり具体的な作業を通じて部屋を観察する。
寸法も直感や身体尺でいいので予想して書き込むとスケール感を身につける訓練になる。
作成したフリーハンドの図面は、この後の測量の際、寸法を書き込むのに使えるので、コンビニなどでスキャン&コピーしておく。
特に大規模な建築を複数人で測量する時は、平面図、断面図の担当を分担し、それぞれチームで測量するので、コピーは必須。
実測開始
一通りの観察が済んだら、メジャーを用いてより詳細で正確な測量を行う。
このとき、部屋の端から順番に測っていくのは悪手。まずは部屋全体の長さや縦横比、次に柱同士の間隔や廊下の幅、最後に家具の大きさというように、最初は大まかに全体を測り徐々に測量の密度を上げて細かく測っていくのが好ましい。
図面の描き方と同じである。
これは測量ミスや図面の歪みを防ぐためであるとともに、図面全体の書き込みを均一にするためでもある(端から順番に書き込んでいくと、入り口付近は描写が丁寧なのに、奥に行くにつれて急に測量が雑な図面になる)。
上でも触れたが、
- 図面は鉛筆
- 外寸寸法は赤
- 内寸寸法は青
のように色分けするのが望ましい
清書しよう
測量結果は持ち帰って清書する必要がある。
図面を描くのは1回で済まさず、同じ平面図を何度も描くこと。
これは、現場でのスケッチでも持ち帰ってからの清書でも当てはまる。
めんどくさがらず、同じ図面を何度も何度も書き直そう。
行き慣れた空間であっても、実測してみると実際の寸法と自分の間隔に隔たりがある場合も多く、一番初めにに描いた図面は十中八九歪んでいる物になっている。
それを消しゴムや修正液でけして書き直すのは美しくないしミスのもとでもある。
なので、最低でも、最初の観察で1枚、そこで見つかった歪みを意識して2枚目を書き直し、実測後にもプレゼン用に3枚目を清書、と3枚くらいは描きたい所である。
寸法感覚を身に着けよう
複数回同じ図面を書くもう一つの理由は空間イメージと実際の寸法を覚えるためである。
何度も描いた図面や書き込んだ寸法は忘れない。
何度も書き直して身についたスケール感は実際の設計課題の時に強力な武器になる。
- 机の高さは?
- 椅子の幅は?
- 扉の大きさは?
- 窓の床からの高さは?
- 木造住宅の柱の幅は?
- RC造の建物の柱の間隔は?
- トイレの広さってどのくらい?
- 四人がけテーブルを置くのに必要な最小限のスペースは?
1回生の頃や2回生の頃はこういった疑問でさえすぐにはわからず、いたずらに設計にかかる時間が冗長となる原因となるが、実際の長さを測った記憶と感覚が身についていればすぐに答えられる。
自宅と行き慣れた飲食店の寸法を丸暗記し、何も見なくても図面が描けるようになれば大きな武器となる。
余力のある人は是非三枚と言わず、何度も書き直してみてほしい。
関連書籍
「測って描く旅」浦一也
「旅はゲストルーム」浦一也
「スケッチで学ぶ名デティール」遠藤勝勧
「考現学入門」今和次郎
他多数
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