以前こちらの記事にて平面図をパース化する技法を紹介しました。
この内容について以下のような質問が寄せられました。
「手描きで平面パースを描く方法 」で、「床の高さ、パースの奥行きのとり方は任意です。」と記載されています。完成を図をみると、ちょうど天井高(床から天井まである窓)と同じ床の深さになっているようにみえます。このように、天上高に合致する床の深さを設定するには、はじめの「床の高さ、パースの奥行き」はどのように算出すればよいのでしょうか?
いつも当サイトをご覧いただきありがとうございます。
本記事をもって質問への回答とさせていただきます。
今回のテーマは「平面パースの奥行き(天井高)はどのようにして決めるのか」です
以前の記事ではオンデザインパートナーズの「growing house」の平面図を元にパースを書く方法を紹介しました。
本記事でも、同様にこの建築を題材にパースを勉強したいと思います。
まずは実験
下の画像は、「growing house」の(かんたんな
)平面図です。*1
躯体線を実線で、消失線を薄い点線で記しています。
以下、この図に重ね描きする形で、平面パースの描き方を解説します。
本記事を読む際は、この図を複数枚印刷して、実際にペンを持ち実際に手を動かしてパースを描きながら読むと、より理解が深まると思います。
さて、現段階で[図1]は壁の下書きである消失線が点線で描かれています。
そのため、床となる線を描けば建物の躯体は完成します。
問題は、質問にもあった通り、床の高さを決める最初の線を何所に引くかです。
悩んでいても仕方がないので、とりあえず一度床を描いてみましょう。
ここでは[図2]の赤線①が床の位置と仮定して線を引いてみましょう。
かなり壁の幅が狭くなりそうですね。
実際に線を引いた結果がコチラの図3です。
画面中央の部屋はさほど違和感のない部屋となりましたが、消失点から離れた左右の部屋は、床が見えなくなる程パースがかかっています。
パースとして間違ってはいないものの、床が全く見えない図は、建築の表現として好ましいものではありません。
このようにパースの特性上、消失点から離れた場所ほどパースが歪みやすいです。
そのためパースを描く際は、最初の床の高さを設定する時、なるべく消失点から離れた位置から書き始めたほうが望ましい図面が引けそうですね?
- 結論1:パースは消失点から離れた位置ほどパースより強いパースがかかるので、消失点から距離の遠いところから書き始めた方がよい。
比較実験
そこで、今度は画面左上の小さな部屋から床を描き始めましょう。
下図4のように、右上の部屋に赤線②③④の3本の床の線を設定してみました。
皆さんは②③④のどの線に沿って床を描き始めるのが正解だと思いますか?
では、答え合わせです。
それぞれの線に合わせて床を描いてみましょう。
まずは線②に従って床を引いたのが図5です
①にくらべてやや壁の幅が狭くなり描かれ、相対的に床の見える範囲が広がりました。
どうやら、②に従って描いたパースは余り違和感がなさそうです。
次に③に従って床を描いてみたのが図6です。
こちらも、先程よりやや床が広く描かれているものの、さほど違和感のあるパースではありません。
最後に④の線を基準に床を引いてみましょう。図7です。
どんどん壁が圧縮され、床の見える部分が大きくなっています。
奥行きにかけるパースとなりましたが、別に絵として違和感があるわけではありません。
実は上に見える通り、同じ平面図から図を書いても、床が広く描かれるパースと、壁が広く描かれるパースに別れるのです。
このようにしてみると、正直、①②③④は比較すれば確かに画面の奥行きに差はあるものの 、さほど違和感のある図にはなっていませんね?
このように平面パースにおける床の高さというのは、ある一定の範囲にさえ収まっていれば、厳密に一つの長さや角度が決まる数学的なものではなく、実はかなり描き手が自由に決めて良い曖昧な線なのです。
- 結論2:床の線の位置は、(ある程度の範囲に収まっていれば)厳密な位置や高さを気にしなくても、破綻のないパースになる。
- 結論3:ここでいう「ある程度の範囲」に収めるためには、消失点から遠い位置のパースから書き始めることによって実現できる。
「床の高さは『任意』です」と述べたのは、このような理由からです。
勿論、①の例のように、状況によっては絵が歪み、床が見えなくなるなどの不具合が生じるので、その意味では「間違った奥行き」「好ましくないパース」と言うものは存在します。
また、数学的に正しい唯一絶対の「正しいパース」「精密な奥行き」と言うものは確かに存在します。
しかし、精密なパースの描き方は実際に書きたい図面の何倍もの紙面を必要とする上に、手間も計算も多いです。
おまけに、正しいパースの描き方でできた平面パースというのは、正しいがゆえに「ここはもうちょっと床が多く見えるように描きたい」とか「この図面はあえて大きく歪めて迫力を出したい」といったより魅力的なパースを描く上では却って邪魔にさえなることが有ります。
なので「正しいパースを描く方法」と言うものを探しても、あまり意味がありません。
複雑な計算の果てに正しいパースを描いても、その魅力は「経験と勘で決めた線」に勝てない事が往々にあるからです。
建築学科生にとってパース技術というのは、どちらかと言うと、「間違ったパースを描かない方法」を知ることが大切だと思います。
即ち、「先ず実際に絵を描いてみて、そこに違和感が生じるようなら、パースの技術や知識で違和感の原因を調査し、修正する」というのが、無理のないパースとの付き合い方だと思います。
それは、例えばこの記事の冒頭で説明した「なるべく消失点から離れた位置から描き始めると、パースが歪みにくい」などのコツのことです。
そして、こうしたちょっとした経験やコツの積み重ねは実際に自分の手を動かして何枚も描いて分かることなのです。
「正しいパース」は必要ない
例えば、図9の2枚の写真は同じ1/100模型を同じカメラ、同じレンズで撮影したものです。
上は普通に模型の真上から撮影した写真です。
各部屋の壁がみえ、奥行きが感じられる撮影方法ですね。
一方下はかなり離れた位置から撮影し、その後拡大&トリミングした写真です。
ほとんど床しか見えず、奥行きも感じられない、写真でありながら平面図のようですね。
このように、対象が同じ空間であったとしても、3次元空間を2次元空間に変換する方法は一通りではないのです。
これはカメラだろうが、パースだろうが同じです。
3次元空間をパースによって2次元上に表現する場合も、「ここを外すと歪んで見える」ポイントもありますが、描き手の裁量によって自由に決めていいポイントもたくさんあります。
パースの描き方は けして数学的・幾何的に一通りの描き方が決まっているというわけではないのです。
あるいは、必ずしも正しい描き方をしなくても表現としては問題がないのです。
実際の所パースの奥行きを決める際に、
「天井高3メートル、縮尺1/100の図面の場合これこれこういう計算式で数値を求め、この長さと角度の線を引いてください」
と具体的な計算式や描画方法を使っているわけではありません。
消失点の位置や画面の奥行きというのは慣れと経験で「このあたりに引けば自分が思い描いている空間を表現できるだろう」という場所を選んで描写しているので、答えようがないのです。
まとめ
Q.結局、平面パースの奥行き、天井高はどのようにして設定するの?
A.基本自由です。
正しいパースの描き方にとらわれて描けない人より、間違ってもいいから何枚も描いてみる人のほうが上達します。
何枚も描いて歪まないパースの描き方を体得してください。
ただし、間違った描き方はあるので、ある程度失敗作が溜まったら、失敗の理由を分析し、理論を学んでみてください。
蛇足(練習方法)
この記事でやったみたいに平面図と消失点を何枚も印刷し、その上に重ねて描くようにすると失敗した時にやり直しがラクです。
やり直しが簡単であることはトライアンドエラーのサイクルを高速化させ、練習の試行回数を増加させます。
そのため、練習の負担を軽減する工夫は、パースに限らず技術向上を加速させる上で非常に重要です。
ぜひ、平面パースを練習する時は、過去の課題であなたがCADで描いた図面を印刷して、その上に重ね描きながら練習してみてください。
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*1:平面図の作成は2014年4月号の住宅特集掲載の寸法データを利用した