建築学科で使われる「エスキス・エスキー図」とは
- フランス語で、下絵・ラフスケッチのこと。(原義)
- 設計の原案やコンセプトを決める一連の思考作業のこと。
- 原案やコンセプトを教員に発表・相談する集まりのこと。
など様々な物や行為を指して使われている、非常に意味の広い言葉です。
言葉の用法としては
- 「エスキスを提出する」
- 「エスキスに時間をかけすぎた」
- 「明後日のエスキスに間に合わない」
など、かなり曖昧かつ多義的な使い方がなされているため、これから建築課題がはじまるという一年生や二年生にとっては、
「教授や先輩の言っているエスキスってなんだ???」
「来週にはエスキスを行うって言われたけど、なにをすればいいの???」
という不安を感じるかもしれません。
この記事では、そんなエスキスという言葉の捉え所のなさを整理しつつ、その対処法や取り組み方をまとめていきたいと思います。
「エスキス」という言葉が持つ3つの意味
原義: エスキス=スケッチ
エスキスとはなんなのでしょう?
オンラインのブリタニカ国際大百科事典では、下記のとおり記されています。
エスキス(esquisse)
美術用語。試作のための下絵,画稿の意 (→スケッチ ) 。
大きな作品の制作の準備段階として小さな紙や布に簡単に構図を描いてみること。
(出典:エスキスとは – コトバンク)
このように、「エスキス=スケッチ」というのが、本来の意味でのエスキスという単語の用例です。
ところが、実際に建築学科で過ごせばわかりますが、建築スケッチを指して「エスキス」と呼んでいる人はほとんどいません。
実は建築学科における「エスキス」という単語は、下記の2通りの意味に派生しているのです。
用例①:エスキス=企画・計画
ひとつ目の用例は、設計作業初期段階における「計画行為全般」を指すものです。
試しに、Amazonで「エスキス」と書籍検索してみましょう。
するとまず目につくのは、一級建築士や二級建築士試験の対策本、それも製図試験に関係した書籍がヒットします。
ここでの用例は、どう考えても「スケッチ・下絵」という意味ではありませんね。
(建築士試験にスケッチやパースを描く試験はないので)
次に、Google画像検索で「エスキス」と 検索してみましょう。
すると、方眼紙に描かれた簡易的な図面がたくさんヒットします。
どの図面も、確かに図面なのですが、工事の際に工務店や設備業者に渡すような正式な図面というよりは、建築家が自分の考えをまとめるためのメモのような(あるいはスケッチのような)図面ばかり。
このように「エスキス」「エスキス作業」という単語には、
「アイデア段階の、ラフな設計案を考える行為」
を指す用例が存在します。
例えば一級建築士試験関連の書籍に「エスキス攻略法」とあれば、
それは「限られた制限時間内に、リアリティのある設計のアイデアをまとめ上げる方法」を意味します。
例えば大学で教員が「優れた建築家になるためには、たくさんエスキスを繰り返すことだよ」と言ったのであれば、
それは「手を動かしてたくさん設計案をつくり、さまざまなプランを丁寧に検討しろ」という意味になるでしょう。
稀に、「今日はたくさんエスキスを書いた」のような表現をする人もいます。
この場合、「たくさんの設計案を出し、それを簡易的な図面として書き留めた」というニュアンスに当たるでしょう。
(本来の語義に最も近い用例ですね。)
以上が、建築学科における「エスキス」の一つ目の意味です。
ところがややこしいことに、建築学科ではさらに派生した別の使い方も存在します。
用例②:エスキス=相談会
あなたは建築学科に入学した一年生。
今日は、入学後初めての設計課題の出題日です。
これまで一般教養や座学が中心の大学生活でしたが、いよいよ建築の設計に取り組む日がやってきました。
すると、課題の概要を発表した先生が、オリエンテーションの最後に一言、こう言いました。
「では、毎週火曜日のこの時間はエスキスを開きます。各自、準備してきてください。」
エスキスを……開く……????
準備……????
……何をすれば……いいの……?
ここでいう「エスキス」とは、平たく言えば「設計課題の報告会・相談会」です。
初めての設計課題、ほとんどの学生は「こんな建物が建てたい」というプランをイメージしても、それを具体的な間取りや図面として落とし込む方法を知りません。
そんな状態で課題だけ与えられても、締め切りまでに設計をまとめることなど、学生にとっては不可能でしょう。
そこで多くの建築学科では、週に一度程度の頻度で自分の設計案を教授に相談し、アドバイスをもらえる機会を設定しています。
その機会を通じて、「ではこの部分の間取りをもっと工夫した方がいいよ」とか「一度模型を作ってみれば、考えが纏まりやすくなると思うよ」といった評価や分析をもらい、設計完了までの手引きをしてもらえるのです。
このような相談会を、建築学科ではよく「エスキス」「エスキス会」と呼んでいます。
設計ゼミの先輩方がTwitterで「明日のエスキスに間に合わない〜」と嘆いていた場合、それはこちらの用例ということになります。
結局「エスキス」とは、何のことなのか
以上、エスキスがもつ
- 設計の下絵(エスキススケッチ)
- 設計の計画(エスキス作業)
- 設計の報告会(エスキス会)
という3つの意味を確認しました。
また、Wikipediaの「エスキス」記事には、こう記されています。
エスキース
エスキース(仏: esquisse)とは、スケッチのことであるが、語源的には、「下絵」を指す。
日本では、建築や、環境デザインに関連する計画の初期にコンセプトや概念図等を簡易にまとめ、検討する際の資料作成作業も含むため、この行為全体をエスキース、またはエスキスと呼称している。
(出典:エスキース – Wikipedia)
この記事一つをとっても、エスキスという言葉が設計業務初期のかなり広い範囲を示して使っている厄介な言葉だということがわかってもらえるのではないでしょうか?
このようにエスキスという言葉は曖昧な運用がなされている言葉であり、それゆえ一言で表現することが大変難しい単語となっています。
またその曖昧さを自覚しないまま使うと、思わぬディスコミュニケーションを招くことになります。
例えば教授に「エスキスが苦手」と相談するとしましょう。
その時、あなたの思う「エスキス」の意味が、
- エスキススケッチ
- エスキス作業
- エスキス会
のどれなのかを明白にしてから相談しないと、教授の側も的確なアドバイスを送ることができません。
結果、本当は③の「毎週の報告会の準備がわからない」ことを相談をしたのに、②のプランニングの意味で解釈され、的外れな助言を賜るなど、双方にとって不毛な事態に陥るのです。
(大抵の人は3つのエスキス全てが漠然と苦手なので、どんなアドバイスをもらっても、それなりに納得し、また同じくらい腑に落ちないのですが)
なので、エスキスという言葉を見聞きしたり使うときは、きちんとどの意味で用いられているのかを注意して、使うよう心がけましょう。
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