建築のプレゼンボードに限らず、他者にプレゼンテーションするには基本となる型がある。
それどころか、紙面上のどこに図面を配置し、どこに模型写真を載せ、どのように視線の流れを作るかという大枠は、かなりパターン化されている。
- プレゼンの目的は、解決策の提示である
- 解決策の提示には〈結論となる解決策〉→〈現状解析と課題の明示〉→〈解決策の再説明〉という3STEPが最も王道である。
- プレゼンボードのレイアウトの基本もまた、この3STEPが応用される
以上が本文の結論である。
無論、これはあくまでパターンの一例にすぎない。
全てのコンペ入賞作がこの法則に従っているわけではない。
このテンプレートに添って作成すればより良いプレゼンになる保証すら無い。
あいにく僕はデザインやプレゼンの専門家でも無いのでそこまで普遍性と絶対性のある型は提供できない。
あなたの設計内容や、プレゼン相手によっては全く当てはまらない可能性があるので、適宜応用してほしい。
プレゼンボードのレイアウトに悩む前に
司会者:「皆さんこんにちは。テレビショッピングの時間がやってまいりました。」
紹介者:「それでは早速、本日の目玉商品酸素と酵素の力で洗浄力アップ、『美食器魂』のご紹介です!」
司会者:「社長、これはどういった商品なのでしょう?」
紹介者:「はい!テレビの前の皆さん、毎日の食器洗いって、大変ですよね。特にカレーや油ものを食べた後のお皿って、洗っても洗ってもヌルヌルが取れてない気がしませんか?」
司会者:「お皿だけじゃなくフライパンや魚を焼いたグリルなどの調理器具も、もう思い出しただけで憂鬱です。」
紹介者:「ですよね?例えばこちらのチーズグラタンを食べた後の器、普通洗剤をスポンジにつけてゴシゴシこすりますよね?」
司会者:「でも、焦げたチーズがこびりついてますし、洗剤をお湯で流してもまだ油が残ってる気がして、何度も洗っちゃうんですよね」
紹介者:「そんな苦労も、この美食器魂を使えばもうさようなら。まずはこちらのお皿を、水を張った桶の中につけますよね?そしてこの桶にほんの少しだけ、この美食器魂を溶かします。するとほら!」
司会者:「わあ、洗剤を溶かした途端焦げたチーズがみるみる剥がれていきます!」
紹介者:「でしょう!?あとはこのお皿を水でさっと流すだけ。何度も洗い直す必要もありません!」
司会者:「でも、こんなに強い洗浄力だと、皮膚に悪いんじゃありませんか?」
紹介者:「ご安心ください。美食器魂は、忙しい中でも美しく有りたい主婦の皆さんの味方です。この洗剤は酸や塩素ではなく酸素と酵素の力で汚れを落とすため、お肌にはとっても優しいんです。今ならなんとこの美食器魂がたったの……
優れた営業プレゼンテーションのテンプレートであるテレビショッピングは概ね上記のように
〈結論となる解決策〉→〈現状解析と課題の明示〉→〈より具体的な解決策の説明〉
の流れを踏襲している。
ぼんやりとテレビを眺めている視聴者に「あなたはどんな不満を持っているのか」「その不満をこの商品はどのように解決するのか」を示せなければ購入へ結びつかない以上、極めて自然な戦略だろう。
逆に、このようなテレビショッピングを作るために構成作家は以下のような準備を周到にすすめている。
- 世間の人びとはどのような課題を抱えて生活しているか整理する。
- 商品によって、その課題がどのように解決されうるかを整理する。
- 1と2で整理した内容を基に、〈解決策の提示〉→〈現状課題の分析〉→〈より具体的な解決策の提示〉となる脚本を作る。
- 1と2をよりビジュアルに訴えるために、ドロドロのお皿と水槽を用意するなど、課題が解決された快適な未来をイメージしやすくする工夫を施す。
別にテレビショッピングに限らない。
論文だってアブストラクトは冒頭にまとめるものだ。
「あなたの不遇の原因を、私なら解決できる」と嘯くのは詐欺師の常套手段
だ。
建築プレゼンも同じである。
その媒体が口頭説明と実演に依るのか、それとも図面やパース、模型に依るのかの違いがあるに過ぎない。
「あなたはこんな建築を建てるべきです。だってみなさんはこんな課題を抱えているじゃないですか?僕の設計を採用すればこのように問題を解決できますよ?」
と相手に畳み掛けるのが建築プレゼンの王道であり、建築コンペなども概ねこの流れを踏まえている。
プレゼンテーションの本質は「私はあなたの抱える課題を解決出来る」と相手に伝えることです。
あなたの提案、企画、主張、製品が自分の持つ悩みを解消してくれると判断した場合のみ、聴衆はあなたの話に耳を傾けるのです。
逆説的に、あなたがこれまで注意を向けてきたものはすべて、あなたにメリットを提供できるとアピールすることに成功してきた主義主張なのです。
故に、課題のプレゼンテーションに立ち向かうあなたが行う最初の行動は、「自分の建築が誰にとっての救世主なのか」、「自分の設計がどのようにして悩める人々を救うのか」を徹底的に自問自答することです。
あなたの建築を認めさせるただ一つの条件は、その建築を認めることで相手が得られる具体的な利益をこの上なくわかりやすく提示すること以外にありません。
設計課題で考慮すべき「プレゼンテーションの掟」とは? – 放漫学生の建築学科ごっこ
当然、建築プレゼンのレイアウトの際に必要な作業も、テレビショッピングの構成作家のそれと一般である。
- 世間の人びとはどのような課題を抱えて生活しているか整理する。
- あなたの設計によって、その課題がどのように解決されうるかを整理する。
- 1と2で整理した内容を基に、〈解決策の提示〉→〈現状課題の分析〉→〈より具体的な解決策の提示〉と紙面を分割する。
- 1と2をよりビジュアルに訴えるために、パースやダイアグラム、模型を作り、課題が解決された快適な未来をイメージしやすくする工夫を施す。
以上を踏まえ、具体的なプレゼンボードのレイアウトについて話をすすめる。
- STEP1:結論をタイトルとキービジュアルにまとめて一枚目冒頭に大きく配置。10秒間で提案を伝える。
- STEP2:一枚目の残ったスペースに現状解析を配置。いまその地域や社会や人々が抱えている課題を、配置図やダイアグラム、統計資料によって浮き彫りにする。
- STEP3:二枚目で、平面図やダイアグラムにより具体的に設計を説明。前述の課題をどのような方法で解決するのかを詳細に解説する。
これはA1サイズ横使いで2枚にレイアウトすることを想定したレイアウト見本だが、紙のサイズや枚数にかかわらず基本は同じである。
コンペでもなんでも、このレイアウトスタイルと提案展開の流れが圧倒的主流を占めている。
もちろん王道は絶対ではないが、このスタイルを真似る価値は十分にある。
まずタイトルとキービジュアルで把握させる
何よりも大事なのはタイトル、ついで一枚目の大半を占めるキービジュアル(模型写真・加工した図面・3Dパース等)である。
大切なのは
- タイトルは必ず左上に固定
- 画面の大半を1枚の画像に大胆に割り当て紙面のメリハリをつける。
- タイトルとキービジュアルであなたの絵描く「課題とその解決策」の方向を抽象的でいいので理解させる。
ことである。
裏を返せば
- タイトルを紙面中央や右端に寄せない
- キービジュアルとタイトルより目立つグラフィックを用意しない。
- タイトルを読み、キービジュアルを眺めて伝える情報は、具体的すぎても曖昧すぎても駄目
と言える。
ボードの一枚目の半分以上にキービジュアルを割り当てることも、タイトルを左上に配置することにももちろん意味がある。
これは、ボードを見る人がまず最初に見る場所だからである。
あなたの大学の教授やコンペの審査員は大勢のボードを短時間で見なければならない。
100人のボードに目を通すためには、1枚10秒でも100人×2枚×10秒=2000秒で30分強かかる計算である。
この数字を大きいと見るか小さいと見るかは人による。
しかし仮にそれが何人であろうとも何枚であろうとも、何秒であろうとも、言いたいことをギュッと纏めて一番目立つところにわかりやすく配置することの必要性は変わらない。
審査員があなたのプレゼンボードを見るときには、まずタイトルや模型写真など短時間で直感的に把握できるコンテンツを探す。
そこで興味をそそられる内容であった時、始めてコンセプト文や図面に目を通してくれるのだ。
もしあなたが奇をてらって、一般的なレイアウトを外した変則的な配置(タイトルを紙面中央に配置等)をすると、どうしてもボードを見る教授や審査員の視線を一瞬迷わせる。
わざわざタイトルの位置を変え、審査員にタイトルの場所を探させるということは、タイトルすら見てもらえない可能性をわざわざ作りに行っているようなものである。
短い時間でコンセプトを伝える意味においても、相手がプレゼンを読む順番をコントロールする意味においても、この配置は意味がある。
じっくり読んでもらえることが確定しているプレゼンでないのなら、紙面を潤沢に使いメリハリを付け、タイトルとキービジュアルに視線を集めるのが鉄板中の鉄板だ。
なぜこの設計が必要なのか、問題点や原因を示す
STEP1の段階で相手に興味を引かせることができたら、いよいよSTEP2である。
さきに断っておくと、このSTEPは重要度が低く、真っ先に削られるパートである。
提案内容によっては完全に省略されることも多い。
このSTEPでは、設計に至る周辺環境や人の流れ、土地の歴史的背景、将来的な問題を読者と共有することが目的である。
より具体的に言えば、
- 敷地はオフィス街エリアと観光地エリアの境界線上に位置し、両エリアの交流を促す施設が求められている。
- 敷地周辺は教育機関が多く、全面道路は学生がよく通る反面若者向けの飲食店が極端に少ない。
- 情報革命により、従来のオフィスのように1箇所に人を集めない、インターネット回線を通じたフレキシブルな働き方が模索されている。
などに代表される現状解析、分析をグラフや地図、ダイアグラムを通じて伝えるパートである。
当然一回生や二回生のころに出題される「夫婦二人の住宅」のような等身大の設計であれば、このパートの比重は小さくなる。
敷地や作る建物の機能も予め決められており、すでに教授と学生で価値観がある程度共有されているため、認識のすり合わせが不用なことも多い。
一方で、社会性や公共性も重視される四回生の設計やコンペであれば、取り組む課題もより高次元で複雑なものとなる。
敷地も全国各地が対象となるため、その地理的・歴史的・社会的背景の説明が必要となってくる。
建物の機能も自由度が増し、「他の施設を建てたほうがいいのではないか?あるいは他の敷地では駄目なのか?」などの疑問に答え無くてはならない。
こういった、設計の大前提の確認作業が必要であれば、STEP2が求められる。
一枚目の下部が横に長く空いているので、説明しなければならない課題を一つずつ配置していこう。
左から右へ配置図やイラストを眺めるだけで、その地域の全容を把握できるような流れを組み立てたい。
STEP2は場合によっては省略されると書いたが、それはあなたの気まぐれで決めることではもちろん無い。
重要なのは、設計課題の際「なぜこの地域にこの建物が必要なのか」を問いただす姿勢である。
教授が敷地と建物の機能を指定してきた場合でも、その指定には必ず意図がある。
時にはその意図を汲み取り、時にはその意図を超越して、そこに新しく建物をわざわざ立てる意味を考えなければならない。
改めて建物の特性・形状・機能を説明し、いかにして人びとを幸せにするかまとめ上げる
ここまできてようやく平面図や断面図、構造ダイアグラム、設計コンセプトの出番である。
あなたの設計こそが世界にとってのヒーローであり、救世主であることをアピールする場面である。
冒頭で抽象的に伝えたその設計のコンセプトをより具体的に説明するパートである。
コンペ当選作を見ても、この二枚目のレイアウトは比較的自由である。
田の字状に四分割したもの、横に三枚おろしにしたもの、画面いっぱいに平面図を配置しその周りをスケッチで埋めるものetc…
レイアウトの個性が光るとすれば勝負は二枚目と言ってもいいかもしれない。
それだけにパターン化が最も難しいパートでもある。
その為、記事の焦点を絞る意味でも、具体的な内容は別記事に譲ることとする。
ただ、いちばん大切なことは何か、それを伝えるためにはどんなグラフィックが必要かを考え、それを最も目立つように配置する重要性はSTEP3もかわらない。
文章はなるべく使わ無い方がいい。
よく何行にも渡る文章を長々書いてコンセプトを紹介している人が多いが、140字を超える長文は読まれないくらいの気持ちで取り組むべきである。
(一記事5000字以上の冗長な記事を連発するこのブログの読みにくさからも理解してほしい)
無論、論理的な内容を一枚の絵で全て表すことは極めて難しいので、一つの文を3つや4つに分割し、複数枚のイラストで表現する必要がでてくる。
労力が大きいため、一回生のうちは難しいかもしれないが、言いたいことは全て絵で表現しなければならない事さえ覚えていていれば、当面は文章での表現もやむを得ないだろう。
日頃から建築に限らず様々なインフォグラフィックスに目を通してほしい。
できれば紙と鉛筆でいいのでそれを模写して保管しておくといい。
紙面の主人公はあくまでグラフィックである。
文字はあくまでグラフィクに添える程度を心がけてほしい。
平面図や断面図というのは短時間で建物のあらましやコンセプトを伝えるには不向きなツールである。
一方で、あなたの作品を腰を据えてじっくり(それでも10分が限度)見る際の理解の拠点となるツールである。
ある建物をより詳しく知ろうと思えば、まず人は平面図を読み込む。
どこが入り口で、利用者はどの通路を通ってどの部屋を目指すのか、図面中に意識をダイブして追いかける
(僕はこの作業を「目で図面を歩く」と呼んでいる)。
その作業が一通り終わった段階で、改めてパースに描かれたシーンやスケッチ・ダイアグラムに目を移す。
これらのシーンの断片が平面図中のどこを指しているのか、一つずつ確認していくことであなたの提案の理解を深める。
よって図面は紙面内で一番目立つ必要はない。
図面に求められるのはこの「目で歩く」ことのやりやすさと、他の情報との関連させやすさである。
部屋の機能を描いたラベルを張ったり、添景を添えることは当然として、壁となる部分を塗りつぶし、ポイントとなる床や家具を一色で塗り分けるだけでも図面のみやすさがぐっと上がる。
また、忘れられがちな周辺環境、特に前面道路との関係性もはっきり明記しておきたい。
床や壁を塗るという事は「どこを歩けばいいのか」ということをこちらである程度コントロールするということである。
前面道路を書き込むという事は、目で歩くスタート地点を明白にし、スムーズに平面図を理解してもらうための配慮である。
特に、入り口が複数あったり、分棟がたくさんあり自分が利用者としてどこに向かえばいいか迷うような設計であれば、露骨に矢印で誘導してもいいくらいである。
更に細かな気配りとしては、キービジュアル・パース・模型写真・ダイアグラム・平面図・断面図等の各要素は視線の方向を揃えるといい。
例えばキービジュアルとなる3DCGパースは西方向から見たグラフィック、平面図は北を上に配置、ダイアグラムは東から見たアクソメ図、と言った具合にバラバラの視点で建物を説明するのは好ましくないということである。
一つの建物を頭のなかでくるくる回しながらそれぞれのシーンをパズルのように組み合わせる面倒を相手になるべく心掛けたい。
そのため、グラフィックを撮影するカメラアングルにも気を配る必要がある。
もちろんすべてのパースや模型写真が同じ方向からのイメージでは意味がなくなってしまう。
しかし、せめてSTEP1のキービジュアルとSTEP2での敷地情報、そして平面図の上下くらいは揃えておいたほうがいいだろう。
まとめ
細かなコツやレイアウトはいくらでもあるが、言いたいことはこの3つである。
- プレゼンの目的は、解決策の提示である
- 解決策の提示には〈結論となる解決策〉→〈現状解析と課題の明示〉→〈解決策の再説明〉という3STEPが最も王道である。
- プレゼンボードのレイアウトの基本もまた、この3STEPが応用される
何が言いたいかというと、レイアウトとは作った図面やグラフィックを四角い紙面にギュウギュウに巧みに押し込むことではなく、相手に伝える内容の整理も含めてプレゼンボード作成だということである。
言い換えれば、伝えたい内容の整理さえ終われば、あとは定型化した並べ方・配置方法でも十分伝わるということである。
美しいレイアウトとはデザインセンスの問題ではなく、企画内容の「なぜ」と「どのように」をどれくらい整理できているかにかかっている。
この事実を無視しては、どれほどかっこいいレイアウトを真似ようとしても、表面的な無意味なものとなるだけである。